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2018年08月09日

ナガサキ 消えたもう一つの「原爆ドーム」

今日は長崎「原爆の日」です。

そして、長崎にはかつて「もう一つの原爆ドーム」と呼ばれた、原爆の悲惨さを伝える象徴的な建物があったのだそうです。


「浦上天主堂」というカトリックの教会です。


その浦上天主堂(の取り壊し)について書かれた『ナガサキ 消えたもう一つの「原爆ドーム」』という書籍があります。


 

 こちら >> ナガサキ 消えたもう一つの「原爆ドーム」 (文春文庫)


著者は長崎生まれのジャーナリスト・高瀬毅氏です。


浦上天主堂は、当時、東洋一とまで言われた大きな教会(聖堂)でした。

しかし、長崎への原爆投下により、赤レンガの壁のみを残す痛々しい姿となってしまったのです。

浦上天主堂_米軍陸軍病理学研究所返還写真.jpg


【浦上天主堂(うらかみてんしゅどう)】
ここは、爆心地から北東へ約500mの地点です。現在の天主堂は昭和34(1959)年に再建されました。
旧天主堂は、明治28(1895)年に起工し、大正14(1925)年に完成するまで、30年の歳月をかけて建てられました。当時は赤レンガ造りの、東洋一といわれた大きな教会でした。
原爆の日、一瞬のうちに爆風で崩壊、火災で屋根と床の可燃物は焼失しました。聖堂、司祭館などは堂壁の一部を残して敷地内にあった聖人像などの石像もほとんどが大破しました。双塔の鐘楼の片方は天主堂内部に倒れ、他方は近くの川へ転げ落ちました。
(「長崎市|平和・原爆 周辺マップ」より引用)



この浦上天主堂も、広島の「原爆ドーム」と同様に “戦争と原爆の悲惨さ” そして “平和への願い” を伝える遺産として、被爆当時の形のまま保存する方向で話が進んでいました。

しかし、戦後13年目にして突然、一転して “取り壊し” の方向で話が決まったのです。


そのいきさつについて綴られているのが、この『ナガサキ 消えたもう一つの「原爆ドーム」 (文春文庫)』です。

浦上天主堂取り壊しの背景には、アメリカ側が、ミネソタ州セントポール市を長崎市の姉妹都市として提携したいと申し入れてきたことがあると、この本は言います。


以下はこの本の目次、そして、「BOOK」データベース からの引用です。

 第1章 昔、そこに天主堂の廃墟があった
 第2章 弾圧を耐え抜いた浦上の丘
 第3章 原爆投下ー浦上への道
 第4章 浦上の聖者と米国の影
 第5章 仕組まれた提携
 第6章 二十一世紀の十字架
 第7章 傷跡は消し去れ
 第8章 アメリカ
 第9章 USIA
 第10章 天主堂廃墟を取り払いしものは

長崎・浦上天主堂の被爆遺構には、世界遺産・広島「原爆ドーム」にも匹敵する価値があった。しかし戦後13年目、取り壊され地上から消えた。当初保存に積極的だった市長は、なぜアメリカ外遊の後、「資料として無意味」とまで翻心したのか? 渾身のノンフィクション。



アメリカ側から浦上天主堂の取り壊し依頼が直接あったのかどうか、その事実はわかりませんが、こういった本を読むことにより、さらに多くのことについて考えさせられることは間違いありません。


「原爆の日」のこの機会に読んでおくことをお薦めします。

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posted by おは子 at 14:42| 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする